2011年3月16日水曜日

メンタルヘルスに関して、情報提供いただきました。

根岸病院の池田さんより連絡、情報提供いただきました。

大変有益な情報なのでUPします。以下メール

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先日の大災害で被害にあわれた方々に、心からお見舞を申し上げます。

みなさまから役に立つ、支えになる多く情報を頂戴しており、大変感謝いたしております。本当にありがとうございます。

多くの方と情報を共有したいと思いBCCにてご案内いたします。重複などお許しいただけますと幸いです。


①災害時のメンタルヘルスについて(特別支援学校の先生より)
②被災地へボランティア等にお出掛けになる方々へ(看護学校の先生より)
③勇気をいただける「つぶやき集」(はたらくしあわせプロジェクト様MLより)
④企業が行う震災後のメンタルヘルス情報サイト(ダイバーシティ経営研究会様MLより)



①災害時のメンタルヘルスについて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

◆1.今こそ自分自身のメンタルケアを。

 今はまだ地震直後であり、だれでもアドレナリンが噴出している時です。
 こういう時は何かをしたくてたまらなくなりますが、まずはその自分自身の感覚に意識を向けてみましょう。
 細々意識してみることをトラッキングといいます。
 自分自身に対するサポートを最初にしてください。私たちが落ち着いているか、不安エネルギーをまき散らしているかによって、様々なことが違ってきます。

◆2. テレビの視聴には気をつけてください。

*特にお子様、感受性の強い老若男女の方々。

 身体がだる驍ュなったり、ボーッとしたり、涙が出てきたり、妙な罪悪感が湧いてきたり、不安状態にある自分に気づいたら、即刻テレビを消すか、必要なニュース速報のみが流れてくる全く違う番組にしてください。
 テレビで繰り返し繰り返し流される悲惨な映像は、非常に強い吸引力を持ちます(とかく最近のメディアは人々の不安をあおるのが特徴です)。
 人によっては催眠にかけられたようにテレビの前から動けなくなる人もいるでしょう。こうした映像に何度も何度も自分をさらすことは、何の役にも立ちません。

***私たちが生きていく為に必要な情報が得られれば、それだけでいいのです!***

 トラウマの渦の引っ張り込む力はとてもとても強力です。
 サンフランシスコ大地震の時は、繰り返されるメディア報道が人々にもたらすネガティブなインパクトは甚大だったといいます。

◆3. 今一番に必要なのは、身の安全を確保することです。

 避難場所、食べ物、人々が安全かどうかをチェックすることが優先です。

◆4. そして非常時に最も大切なのは、人とのコミュニケーションです。

 人を求めるのは、とてもとても自然なことです。
 その時の自分の思いを言葉にして、所属するコミュニティでシェアしたり、身近な人に伝えてみてください。もちろん、手段はメールでも構いません。
 「メールに書きながら落ち着いてきました。大丈夫です」とおっしゃる方、多いです。
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以上、共感した方は、おともだちに共有してくださいませ。


②被災地へボランティア等にお出掛けになる方へ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 今回は被害が広範囲なため、適切なタイミングを見計らい、被災地ボランティアに向かう方もおられるかと思います。

 その時に役立つ発災後1ヶ月程度までのマニュアルを頂戴しましたので、添付し送らせて頂きます。

 被災地に出かける方がいらっしゃいましたらお渡し下さい。

 その他対象者別などのマニュアルは、兵庫県立大学のwebにあるとのことです。下記アドレスをご覧下さい。
 http://www.coe-cnas.jp/keaken/


③勇気をいただける「つぶやき集」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 ご存じかも知れませんが・・・よろしければご一見ください。http://prayforjapan.jp/tweet.html


④企業が行う震災後のメンタルヘルス情報サイト・・・・・・・・・・・・・・・・・

 被災地にいなかったとしても、震災直後はメンタル面で非常に不安定になっているとのこと。職場でもひしひしと感じています。
 大変参考になる情報がおおくありました。

 http://allabout.co.jp/gm/gc/377597/ 


 最後になりますが、必要な情報やサポートが必要な方に届きますように、祈りと共にメールを送らせて頂きます。

o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*+.。o○*.。

医療法人社団 根岸病院 デイケア室
就労支援係
池田真砂子
o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*.。+o○*.。+o●*+.。o○*.。


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「ユビキタス社会における災害看護拠点の形成」

情報提供を頂いたのでUPします!



















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2011年3月15日火曜日

日立の湧き水

日立市は断水のために、水不足が続いています。

仙台にいる姉に聞いた話では、の避難所ではトイレの水などがないことや、衛生面が悪いために感染症が広まっているそうです。

飲み水やトイレの水は大問題です。

ところが、過去からの知恵で乗り切っている方々が居ます。

日立市には、湧き水が出るところが、実はかなり多くあります。

石名坂の手前の新しく出来た道路(通称、年金ロード)脇にある林の中を行くと3箇所ほどあるそうです。
それ以外にも、街中で湧き水が出ているところがあります。
梅ヶ丘病院では、地下水を汲み上げ式で自前調達できています。

井戸がある方が近隣の方へ、配っているということも耳にします。

今後、被災時のライフラインロードマップを作成しておくことも重要です。
また、独居老人の情報なども確保しておかないと、この状況では孤独死の危険もあります。



この惨劇を見るたびに、心が張り裂けそうになり、涙が溢れてきます。
また、一人で生きているわけではなく、生かされている存在だと、改めて考えさせられました。

心の底から一人でも多くの方の無事をお祈り申し上げます。

みんなで募金して応援しましょう!

自然の恵みに感謝してCLICK!
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太陽光で回復した電源でご飯を炊きました。

日立市在住のた~たです。お見舞いのメールをたくさん頂きました。

本震日の翌朝太陽が上がると同時に、太陽光発電システムのインバータを自立
運転に切り替え、ケータイ充電を開始。電気・ガス・水道全停止のまま、太陽電池
TVを見、パソコンで多くの方にメールしました。

本震のあったその日のうちに、近所の壊れた塀や飛び散った瓦を取り除いたので、
翌朝、車で大みかのパワ半導体工場をまで行ってきました。勿論全工場停止で
復旧の見込みは不明でした。崖上の舗装が割れて海岸通りは一部不通。東海村
から黒煙が上がっていたのは港の車が津波に流されて燃え出したものらしいです。
コンビニ・スーパーは長蛇の列です。ガソリンスタンドの復旧までむやみに動きま
わらぬことです。福島原発の影響が最小限に抑えられるよう祈っています。
「食料とエネルギーが人の行動と社会を変える」ことをまた経験しました。

太陽光の恵みにCLICK!
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2011年3月3日木曜日

日立の大煙突






日立の礎を築いた、久原房ノ助さんが公害対策に立てた、当時世界一の大煙突です。

未だに、煙を吐いていることに少し驚きつつ、ドラマを知っているだけに感動。。。

『天馬空を行く 〜久原房之助物語〜』
 皆様是非、読んでみてください!絵は正直みずらいですが、本当に中身は面白い。漫画好きの知り合いに見せても、物語には吸い込まれると評判でした。

 日立市近代化の父! 日立鉱山創業者《日立鉱山創業100周年》

 マンガ ーその時、煙は高く、高く、たなびいて消えた!ー久原房之助伝
 初めてのビジュアル伝記、マンガで学ぶふるさと!
 日立鉱山創業者・久原房之助 その全貌が明らかに!
 *日立鉱山開業まで
 *日立にもたらした近代化
 *金融危機と井上馨
 *夢は鉱夫の楽天地
 *世界一高い煙突をつくれ
 *1千万本の植林とサクラ ほか

 画・田中 誠    文・吉成 茂
 発行 財団法人日立市民文化事業団 
 日立市民会館、多賀市民会館にて販売中。
 ℡0294−22−6481

大煙突は是非見てみてください↓
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人が物とされる時代 これからは縁の時代

気づけばこのBlogも50を越えました。この調子でUPし、少しでも有益な情報を伝えていけたらと思います。


 先日、日立市にある(有)カシムラ工業所の鹿志村社長と障害者雇用のお願いで伺いました。

 カシムラ工業所は、日立中央工業団地内にあり、日立の大煙突を過ぎた、山の中にあります。

 鹿志村社長は、今から24・5年も昔から障害者の方の雇用や訓練を行ってくれています。延べ50人以上にはなるだろうね。とのことです。未だ偏見が多い中、『これもご縁だからね』と笑顔で話されていたことは、一番印象に残っています。

 笑顔がチャーミング、かつお茶目で器の大きくて素敵な方だと感じました。チャーミングというのも失礼かもしれませんがすみません。。

 今度2名面接をしてくれることになりました。

 この不景気といわれる時期に、本当にありがたいことです。

 以前、日電舎の社長とのお話を載せましたが、石川工業所さんには草刈を委託していただいたり、日立の企業の社長さんたちは気の良い方が沢山いると最近常づね感じます。


 ところで、余談ですが、自殺者は3万人を10年以上連続で越えています。無縁社会といわれています。
 本日のお話の中で、人材派遣会社から派遣される人は部品代のような形でやり取りをしているところが多いと伺いました。

 人が物扱いです。
 とても恐ろしくなります。
 物には人生なんてありません。古くなったり、バージョンアップがされれば使い捨てが普通な世の中です。
 人も同じように扱われている。
 本当に、恐ろしいですよね。

 そのような中でギスギスして、本当に創造的なことができるのでしょうか。なかなか難しいと思います。
 やはり、茨城キリスト教大学の岩間先生が仰るように、『信頼関係』が重要である。と考えております。

 最近のNPOのソーシャルキャピタルもまさしくそのような概念です。今度ご紹介します。


 このような時代では、繋がりあうというのは大変なことなのでしょうか?

 自分はそうではないと思います。
 こんな時代だからこそ、一人一人が出会いを大切にすべきです。
 人と人の繋がりは一期一会、まさしくご縁です。縁は人生の宝です。
 人と人が繋がれば、それだけ可能性が増えます。
 人と人が出会えば、学び合いが出来、かつ一人では限界があったことを越え、新しいことが出来ます。勇気も湧いてくるかもしれません。

 自分は、人見知りです(あまり周りの人には信じられませんが)し、あまり空気を読まないで発言する(あえての部分と、読めないのと半々)ので、群れるのを好む常識的日本人には嫌がられることが多いです。

 そういう理由から、自分と知り合ってくれた方には本当に感謝しています。

 皆様、本当にありがとうございます。



 NPO法人en-joint labは縁を大切にしたいと考えております。
 良いご縁があるから、人は幸せになる。可能性が広がる。事業が出来る。全ては縁から始まります。

 今までのご縁、温かい出会いに感謝して。

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2011年3月1日火曜日

インタビュー ひたちみらい会議への思い

2月19日のひたちみらい会議の仲で、お隣の席に座った70歳代しおたさんにインタビューしたものです。

 自分が席につくと、丁度隣の席がしおたさんでした。

 おそらく会場中で一番のご高齢。
 見た目には歩くのも大変そうでした。

 そんな、しおたさんが、この長丁場の『ひたちみらい会議』に何故参加されたのか。
 という素朴な疑問が出ていました。

 それでは、しおたさんが、『なぜ、ひたちみらい会議に参加したのか?』のインタビュー内容をみなさんにもご紹介いたします。

●思い

 一番始めに口から出た言葉は『未来につなげたい。』でした。とても印象に残っています。

そこから、
『年齢も高いので、これからのまちのためのお手伝いをしたい。』

『普段は、市の施設で洋裁のお手伝いをしています。手仕事をおばあちゃんから、子どもへ。子どもから、また広がり、つながってきました。
 今までに、色々な場に出て、新しい出会いがあったりしました。
 そういう人との接点をもつのが私の楽しみなの。』

 と笑顔で語ってくれました。

『洋裁は趣味で60年位やっているのよ。女学校から始めて、今は第2次世界大戦で廃墟になってしまったけど。
 そこから、世界の日立になった!という自負があったけど、今は衰退しているまちをみると寂しい気持ちになるの。
 だから、このまちの未来のために力になれることをしていきたい。』


『昔はお隣さんがあったけど、今はつながりがない。まちのなかでお隣同士という気持ちで、手をつなげ合えるように出来ればと思っています』

『今も生徒さんが居るけど、思い出をみんなで作りたいね。とパッチワークでみんあんでキルトをつくりました。
 今後は、もっと繋げていって日立の自然を活かした活動もしてみたい。』

『日立市の文化は、良いものがあってもお粗末。工場ではうまくいったけど、文化では駄目だったのかな?』




 みなさまそれぞれ感じること、思いがあると思います。それぞれの違う気持ちを大切にしていければ良いですね。

 まちに対する熱い思いを聞いて、胸が熱くなりました。

 まちのことを思う気持ちというのは、年代は関係ないものだと実感できました。

 今まで、日立製作所におんぶにだっこだから衰退しているんだ。とマイナスな目で見てきた自分を反省しました。日立製作所はまちの誇りだったのですね。

 人と話をし、思いを聴くのは、とても勉強になります。

 日立のまちを焼け野原から作りあげた方々からすると、衰退や繋がりの薄さは寂しさにも通じるものがあるのだと、深々と考えさせられました。

 確かに、廃墟から世界の日立を作り上げたということは、今はまちが普通にあるからありがたみを感じませんが、世界を見渡しても、とてつもない偉業に入るのだと思います。

 昔の日本には活気があったのは、この廃墟から立ち直ろう!という心が一つになって、みんなで無我夢中で頑張った結果だと思います。

 あの頃とは時代が違う。とボヤイていないで、目的と変える意志と協力する意志があれば、何とかなるのだと改めて学ばされました。


自分が感じた教訓は、

 ①つながりあうことの大切さ。顔の見える関係。協力しやすい関係。
  
 ②日立市は自分たちの文化を大切にする意志を持つこと。

 ③みんなで良いまちを作ると、という気持ちを共通させ、醸造していく。

 ④まちへの愛着は焼け野原になろうと衰退しようと関係ない。

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